Σプロジェクト。Σ計画。シグマプロジェクト。
- ソフトウェア産業工業化システム(1985年〜1989年)
- コンピュータは進化しないという前提らしい?
- シグマ計画/(コ)の業界のオキテ
- 岸田孝一、Σを語る (Interview with Kouichi KISHIDA by Steve Wright Kouichi KISHIDA)
- マンガ ソフトウェア革命 Σプロジェクトの全貌
- http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4339022543/nilab-22/ref=nosim/
- シグマ持ち上げ本。マンガを読んでもシグマプロジェクトのことはわからない。重要なことは結局漫画化されていないで、単なる文章説明。
- 「Σ(シグマ)計画」プロジェクト×(ペケ)
- 無関係な死: シ*マ計画
- http://starfish.dyndns.org/y/archives/2005/03/post_101.html
- >で、そのシグマ計画に関わった役人を発見した。民主党参議院議員、ふじすえ健三なる人物である。(略)86年入省だから時期もぴったり。新人にやらせてたんですな。国家プロジェクトの立ち上げを。(略)
- シグマOSについて語ろう!
- はてな かって当時の経済産業省が主導して霧散したΣ(シグマ)プロジェクトの経緯についてできるだけ詳細に知りたいと思っています。書籍、サイト等お教え下さい。特に、提唱者であったソフトウエアプログラマーの方のお名前を知りたいと思っています。
- 池田信夫 blog:シグマ計画
- http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/cfae4a4a5672fc806b05a2d2c8ec9ea9
- >しかも本来はソフトウェアのプロジェクトだったのに、主要なメンバーがハードウェア・メーカーだったため、予算の大部分はハードウェアにつぎ込まれた。
- >ツールを国費で作らせて共有させるというのも、ビジネスを考えない甘い構想だった。企業にとっては、開発の成果をライバル会社と共有するのはいやだから、シグマに出すのはつまらないものばかりで、アップデートも止まり、使い物にならなくなった。結果的には、予算のほとんどはコンピュータやネットワークのコストとしてメーカーの食い物にされ、全国に性能の悪いΣワークステーションをばらまいただけに終わった。
- >しかも、この種の国策プロジェクトの常として、失敗を想定していないため、exit strategyがなく、最初の2年ぐらいでだめとわかってからも、延々とプロジェクトは続けられ、その「成果」を売る会社「シグマシステム」まで作られた。最終的にこの会社が解散したのは、95年である。今回の日の丸検索エンジンについても、記者が「失敗したらどうするのか?」と質問したところ、経産省の担当者は「失敗は想定していない」と答えたという。歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、2度目は茶番として・・・
