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きょうからシルバーウィークで5連休だ(∩´∀`)∩ワーイ
[Misskey.io] 2026-09-19 08:37:28
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無職なので毎日休みのようなものではあるけど・・・
[Misskey.io] 2026-09-19 08:38:03
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興味深い話がいくつも出てくる( ´∀`) お子さんが生まれたタイミングみたいなところも。
special interview - 石垣環(前編) | ウィザードリィ45周年特設サイト
https://45th.wizardry.info/interview/tamaki-ishigaki-zen/
> ずっと少女漫画のアシスタントをやっていたのですけれど、プロダクションを閉めることになったのですね。1986年のことでした。それで、奥さん(編注:少女漫画家のみさきのあ氏)に、1年間世話にならせてくれと頼み込んだんです。
> 同人活動で知り合った『ファミコン必勝本』のライターさんから電話が来まして。カットの書き手が圧倒的に足りないということで、編集長から「きみ、同人誌やってたんだったら、誰か描ける人知らない?」と聞かれたんだそうです。それで、『サンデー』に載った作品とか同人誌を持って行って、「これくらい描けるんだったら」と採用されました
> 編集長の井上さんから「ちょっと編集部来れる?」と連絡がきた。そしたら、うちから今度、『ウィザードリィ』を全3冊描きおろしで出すんだけど、カット描けるなら、マンガ描けない? と言われまして。ちなみに、自分が漫画を描いているということは以前に伝えていたんですけど、編集長は全然覚えていなくて、「何でもっと早く言ってくれなかったんだ。マンガ家探すの大変なんだよ」って感じの反応でした(笑)
> ベニ松さんとは、呪文の名前のすり合わせをしましたね。漢字2文字の呪文名を統一しようということで。それと、これは外伝の話になるんですけれど、『ウィザードリィ』は最低何人のパーティでクリアできるだろうかと、相談させていただきました。やろうと思えば1人でもできるけど、まあ最低でも上級職4人いた方がいいかなということでしたので、それで外伝は4人パーティになったんです。何でそうしたのかというと、最初の3冊で、善悪それぞれ6人のパーティを描いたら、もう大変で、ぐちゃぐちゃになっちゃったんですね。
> これは、自分の理解なんですけれど……まず、『ウィザードリィ』のエルフって、長寿とはいっても人間よりもほんのちょっと長生きする、そういう程度ですよね。だから自分は、エルフと言ってはいても、本当のエルフはもうあの世界にはいないんだと考えていました。少なくとも、自分の漫画の中では。ドワーフやホビットも人間と混ざり合っていて、特に明言してはいないのですけど、ちょっと背が低いのはホビットで、ゴツいのはドワーフの系統なんです
> 8回目の原稿を渡して、その後は何も連絡がなかったので、だらーっと過ごしていたんですよ。そしたら、1月の5日か6日だったかな。仕事始めの日に井上さんから電話かかってきて「ネームできた?」とか言われまして。えっ、何の話です?(笑) いやもう本当に、第二部の話も何もない状態だったんです。かなりめちゃくちゃな勝手なことをやったから、人気もねえんだろうなと思っていて。まあしばらくはだらーっと過ごして、3ヶ月後になったら仕事再開して、どっかに持ち込もうと考えていたら、いきなりネームできたかですよ。いや、人気あるんだから、続き書くのは当たり前じゃんとか言われて。人気あるなんて聞いたことねえよ。(一同笑)
[Misskey.io] 2026-09-19 08:57:50
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special interview - 石垣環(後編) | ウィザードリィ45周年特設サイト
https://45th.wizardry.info/interview/tamaki-ishigaki-go/
> 実際の話、ラスト2話くらいはダイジェストになりましたね。ページ数24だと収まらないのを無理やりいれた感じなので。城が落ちるシーンも、もっと派手に描きたかったんですけれど、2ページに収めなくちゃいけない……これは、若干心残りな感じですかね。掲載誌が漫画雑誌であれば、2話分伸ばすこともできたかもしれませんが、あくまでもゲームの情報誌に間借りさせてもらっている形なんで、そこまで贅沢は言えないかなと
> 甲冑に紋様を入れたのはいいんですけど、アシスタントにわたすと紋様が違っていることがとても多くて。面倒くさいというので自分で紋様を描き始めたら、ますます時間がかかってしまった。だから、外伝の時にはできるだけシンプルにしようと思いましたね
> 外伝1巻のラストの方で、甲冑が壊れた時には、もうこれでアンシンメトリーをやらなくていいんだと、とても嬉しかったことを覚えています(笑)
> 甲冑については、仏像がモデルなんです。等身大の十二神将とか、あそこらへんです。もともと、仏像が好きだったので
> 天野喜孝さんの絵が大好きで、あのデザインに惚れ込んだところが大きかったです。格好良かったですよね。コルム(編注:早川書房から邦訳が刊行されているムアコックの『紅衣の公子コルム』シリーズ)を描いていた頃の天野さんの絵柄が一番好きです。
> ──石垣さんのコミックでは、『ウィザードリィ』世界のモンスターについて、古代に光のものに封印された古きものどもという括りでまとめられていますよね。
> ああ、大好きなんですよ、クトゥルフ。東京創元社とか、青心社とか、そういったところから出ている文庫本を、全部持っています。まあ、“古きもの”という言葉を使ったのは、匂わせただけなんですけどね
[Misskey.io] 2026-09-19 09:08:28
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special interview - 石垣環(後編) | ウィザードリィ45周年特設サイト
https://45th.wizardry.info/interview/tamaki-ishigaki-go/
> 自分の頭の中では、外伝第2部の舞台であるホウライというのは日本列島がまだ地続きだった、日本海が内海だった頃なんですね。
> もともと、日本神話って、あんまり剣に名前がついてないんですよね。十拳剣とか天の叢雲の剣、天の羽々斬くらいがせいぜいで。後はまあ神様になっちゃいますからね。経津主の神とか。で、天の叢雲の剣だと字数長いので、一番短いのにしようと思って、あの名前にしました。これは、『サンデー』で書いていた時に言われたことなんですけど、一行の文字数は最大でも8文字ぐらいにしなさい。あまり長いセリフにすると、みんな読まなくなるから。で、名称も短くした方がいいって
> 時代劇といえば、『鳳凰の塔』の終盤で、 JICC出版局から『ファンタジーランド』っていう雑誌が出たじゃないですか。何でも、大都市圏は即日完売だけど、地方では惨敗だったそうで、編集長が怒って2号目は出なかったんですけれど。そちらの方で48ページの読み切り(編注:『ウィザードリィ外伝 召喚の書』)を書いているんですが、急な話だったので、水戸黄門をモチーフにしました。
> 外伝の絵作りは、全編を通して小津安二郎なんですよ。ローアングル正面。これでアクションをやろうと、最初から決めていました。それと、鈴木清順監督の『殺しの烙印』のオマージュをやったシーンもありました。ガラス張りの下からカメラで撮影するというのがありまして、それをそのまんまやった見開きのシーンがあるんです。ちょうど仕事をしながら見ていたもので、やってみたかったんだけど、連載の方では間に合わなくて普通の構図でやったんです。後になって、ちょうどその原稿を編集部でなくされて、単行本で描き足さないといけなくなった。せっかくなので、これ幸いと(笑)
> もう……38年か。それくらい経つんですね。描いている最中に生まれた長男が38歳ですんで。いやもう、漫画家になった時点では、江戸時代の黄表紙作家(編注:黄表紙というのは、江戸時代中期以降に流行した絵入りの物語本のこと)みたいなものだと思っていたんですよ。黄表紙というのは結局、一般民衆に喜んで読まれたわりには、今全く名前が残ってませんよね。せいぜい『南総里見八犬伝』(編注:厳密には、『八犬伝』は黄表紙ではなく読本と呼ばれるジャンルの刊行物)がギリギリ残ってるくらいで、それ以外のものは、全部埋没しちゃって……でも、それでもいいと思ってたんですよ。2、3年経って忘れられても、まあ、それがまあ流行り物の実力だと。流行り物っていうのはそういうもんで、いずれは消えていく。だから、『ウィザードリィ』が45年も消えなくて、残ってるだけでも、すごいことだと思います。好きな人たちは未だに同人活動をやっていますしね。あと、これはドリコムさんに向けたお話になるのかもしれませんが、『ウィザードリィ』はやはり元がゲームなので、やっぱりゲームを出し続けた方がいいと思うんです。
[Misskey.io] 2026-09-19 09:08:40
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special interview - 石垣環(後編) | ウィザードリィ45周年特設サイト
https://45th.wizardry.info/interview/tamaki-ishigaki-go/
> 1985年11月 日本PC版『ウィザードリィ』発売開始。
> 1986年3月 月刊『ファミコン必勝本』創刊。(宝島社、JICC)
> 1986年9月 『ファミコン必勝本』隔週刊行に。
> 1987年12月 ファミコン版『ウィザードリィ』発売。
> 1988年10月 石垣環『ウィザードリィ』第一巻発売。
> 1989年1月 『ウィザードリィ』第二巻発売。
> 1989年6月 『ウィザードリィ』第三巻発売。
> 1989年8月? 10月20月号より『ウィザードリィ外伝』連載開始。
> 1990年2月 『ウィザードリィ外伝』第一部・ギルの迷宮発売。
> 1990年8月 『ウィザードリィ外伝』第二部・鳳凰の塔前編発売。
> 1990年12月 『ファミコン必勝本』、『HiPPON SUPER!』にリニューアル。月刊化。
> 1991年2月 『ウィザードリィ外伝』第二部・鳳凰の塔後編発売。
> 1991年10月 『ウィザードリィ外伝』第三部・復讐鬼の城前編発売。
> 1992年5月 『ウィザードリィ外伝』第三部・復讐鬼の城中編発売。
> 1993年2月 『ウィザードリィ外伝』第三部・復讐鬼の城後編発売。
[Misskey.io] 2026-09-19 09:09:38
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( ´∀`) トイプーディスティニーランド (TDL)
[Misskey.io] 2026-09-19 16:36:17
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「オール沖縄」は役目を終えた…「高市が悪い」だけでは説明できない沖縄県知事選の完敗 “人のせいにできない”時代に「古謝玄太氏」は県政を牽引できるか(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/411755ee1e76c060899e0de5c07d0d4c217c4a19
> 那覇は主要な基地を抱えていない街であり、むしろオール沖縄の運動が最初に始まった土地である。その那覇でこそ支持の崩れが目立ったというのは象徴的だ。基地を抱える地域の住民が反対運動を支えてきたのではなく、基地から離れた都市部の有権者こそがオール沖縄を支えてきた――。そのことが、数字の上でも裏返しに証明された格好である。
> 逆に名護市は、もともと18年の市長選挙以来、保守系の市政が3期続いており、今回の変化は県内で一番小さかった。辺野古の地元では、10年近く前から移設容認が大勢を占めてきた。名護はすでに以前から保守寄りに傾いていた土地であり、今回新しく何かが変わったわけではない、ということになる。
> 宮古島市では、県内で一番大きく票が動いた。ここには二つの理由が重なっている。一つは下地氏の地元であり、彼の長年の後援会組織がそのまま古謝氏支持に転じたこと。もう一つは、古謝氏自身の父方の実家が宮古島の老舗そば店であり、本人も「古里は宮古」と公言してきたように、宮古との血縁的なつながりを持っていたことである。組織的な動員と、血縁に基づく郷土意識という、性質の異なる二つの力が同じ場所で重なったことが、県内最大の票の移動を生んだと考えられる。
[Misskey.io] 2026-09-19 21:28:39
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「オール沖縄」は役目を終えた…「高市が悪い」だけでは説明できない沖縄県知事選の完敗 “人のせいにできない”時代に「古謝玄太氏」は県政を牽引できるか(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/411755ee1e76c060899e0de5c07d0d4c217c4a19
> 下地氏が退場して保守側の票の分裂という長年の障害が取り除かれたこと、有権者の関心が基地問題から暮らしの問題に移ったこと、若い世代ほど基地問題への思い入れが薄れていること、抗議船の事故が運動全体への信頼を傷つけたこと、SNSがくすぶっていた不満に火をつけたこと、そして妻子のスピーチが候補者像を補ったこと――これらがほぼ同時期に重なって起きたのが今回の選挙だった。
> 「オール沖縄」は、14年に翁長雄志氏を中心にまとまって以来、12年かけて少しずつ支持基盤を失ってきた。
> 18年以降はその中身も保革連合から旧来型の革新共闘へと変質していた。
> オール沖縄の側の人々は、都合の悪いことが起こると、「政府が悪い」「自民党が悪い」「アメリカが悪い」と人のせいにすることができた(ホントにその通りであることもあった)。その「人のせい論法」が、今後「古謝が悪い」「高市が悪い」に変貌することは間違いない。
> 当選してもなお謙虚な姿勢を見せる古謝氏は、「人のせい論法」や「居直り」に頼ることはなかろうが、古謝氏を支援してきた自民党などの保守系政治家は油断ならない。今回の選挙が沖縄にとって本当の画期となるかどうかは、選挙結果そのものではなく、ここから先の数年が決めることになる。願わくば古謝氏を支援してきた政治家が謙虚であらんことを、と思うが、先行きを考えると、沖縄は問題だらけだ。筆者の本音は「沖縄にはもう関わりたくない」だが、それが許されるかどうか……。
[Misskey.io] 2026-09-19 21:28:52
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でも真面目にやってきたから今があるんじゃ、とも思ってしまう( ´∀`)
「就職セミナーにもほとんど行かず、学校の授業をむちゃくちゃ真面目にやっていました。課題も自主制作もやって、映像学科の友達と映画を撮ったり、バンドをやったり。でも、大学の間に一度も合コンに呼ばれなかったんです(笑)。「あいつは真面目だから」って。当時はそれでいいと思っていました。でも今考えると、死ぬほど行っておけばよかった。やり残した感が、すごくあるんです。」
「経験って、その時にしかできないんですよね。子供の頃に欲しかったものを、大人になってバイト代で買ったら、意外と期待外れだった、みたいなことがあるじゃないですか。あれと同じで、今しかできないことがある。だから、忙しくても友達の誘いに行ってみるとか、苦手な人にバーベキューに誘われても一回行ってみるとか。そういうことを、学生のうちにちゃんとやっておいた方がいい。僕は48歳になった今でも、それを思うんです。想像してみてください。つらいでしょう、将来50手前でこれ思ってるの(笑)」
「作風で売れている人は、基本的にいない」イラストレーター中村佑介が学生に語った仕事論 大阪芸術大学 特別講義レポート〈後編〉 | NASU デザインで成す会社 https://nasu.design/nasu-media/30945/
[Misskey.io] 2026-09-19 21:48:04
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「作風で売れている人なんて基本的にいないです。何かしらの役に立っているから、ニーズがある。それだけです」
「資料は、自分で買う。消費者にならないと、消費者の気持ちはわからない」
「まずは目につくこと。次に内容を理解してもらう」
「今怒られていることや、弱点だと思っているものは、実はそうじゃないかもしれない」
「ライトユーザーの価値観は頭に入れておく」
「「好き・嫌い」ではなく「流行っている」という理由で見に行った方がいい」
「作風で売れている人は、基本的にいない」イラストレーター中村佑介が学生に語った仕事論 大阪芸術大学 特別講義レポート〈後編〉 | NASU デザインで成す会社 https://nasu.design/nasu-media/30945/
[Misskey.io] 2026-09-19 21:50:11
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「消費者と年齢が離れていってしまう時、もしくはもっと広いターゲットを相手にしようと思った時に、流行を超えたところに自分の売りを作っておかないといけないと思いました。僕のイラストレーターとしての一番の武器は、多分「丁寧に描くこと」なんです。」
「パッケージは、浅田飴なら浅田飴だけでいいと思っています。これは元々限定品だったものを通常品にして売ってくれた恩義があるので、似たような仕事は受けていません」
「「なんとか社のなんとかみたいな商品をうちも作りたい」という依頼は基本的に受けないです。短い目で見ればお金はもらえるけれど、長い目で見ると節操のない作家像になってしまう」
「グラニフでTシャツを作っている間は、他のアパレルは全部受けない。僕は一社主義なんです」
「もともと僕は、カプコンに入りたかったんです」
「僕は当時ストリートファイターが好きだったから、筋肉の男性ばかり描く練習をしていました。ところが、カプコンだけでなく他の会社も同じことを言ったんです。「格闘ゲームがブームなので、皆さん今は筋肉の練習をしていると思うけど、これからの時代は女の子を描ける人が欲しい」と」
「音楽でも、CDからサブスクになった時にライブの動員が増えましたよね。アクセスしやすくなるということは、薄くなるということでもある。薄いものばかり食べていると物足りなくなって、みんな会いに行きたくなる」
ポートフォリオは作らない、「依頼が続く」ための仕事論。イラストレーター中村佑介×前田高志 大阪芸術大学 特別講義レポート〈前編〉 | NASU デザインで成す会社 https://nasu.design/nasu-media/30944/
[Misskey.io] 2026-09-19 22:16:36
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作家が「◯◯さんへ」って書くのではなく自己記名だったらしい。
「転売防止のため著者のサイン横に購入者自身が名前を書くよう書店が求めたところ、多くの人が「自分の字で本を汚すようで嫌」と反発」
「サイン会での事前周知や抽選販売などの代替策が有効との声もあり、ファンサービスと転売対策のバランスが課題となっています」
書店でサイン本購入者に自己記名求められ反発広がる / X https://x.com/i/trending/2101240264446578873
[Misskey.io] 2026-09-19 23:23:39
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